本当はアレなんだ日記

個人ブログです。ツイッター、フェイスブックで言うにはちょっとアレかな~みたいなこと。

ハロウィンについて思ったこと

今年のハロウィンはなんかすごかったらしい。渋谷で若者がバカ騒ぎをしてたとかなんとか・・・。

 
ハロウィンから一夜明けた今日も、「昨日のハロウィンすごかったね」「昔はこんなじゃなかったのに」「年々激しくなってる気がする」と、ハロウィンともゲリラ豪雨ともつかないような評判がちらほら聞こえてきた。
 
僕の周りでは、若者とは言えさすがに落ち着く年齢になってきたからか(はたまたリア充がいないのか)実際に仮装して騒いだような人はおらず、急に勢力を伸ばした奇習に眉をひそめたり、社会学的に論じてみたり、という感じだった。
 
宗教性はすっかり忘れられて商業主義に乗せられて楽しむ、というのはクリスマスをはじめとして日本ではよくあることだが、実際にここ20年くらいでひとつの風習が徐々に定着する様子をリアルタイムで見ると、なんだか不思議な感じを覚える。
 
それで、もういっそのことイスラムのお祭りもマーケティングとか戦略的にやったら定着するんじゃないか、というかイスラム国に参加したいとか言う前にそういうことに精を出せよ、とかぼんやり考えていて思ったのだが、
 
もしかしたらイスラム国に参加しようとした大学生と、渋谷のハロウィンの若者は本質的には同じなんじゃないか。宗教性ではなく「楽しいから/戦闘がしたいから」やるという。しかし方向性は真逆で、リア充的な騒ぎとして表現されるか、引きこもり的・個人的な奇行として表現されるか、両極端なのではないか。
 
・・・まあイスラム国の事件に結びつけるのは半分空想だとしても、「若者」が二極化しているというのは感じる。こういうことがあるとよく、「若者が~」というけれど、一概にはくくれない。「若者は海外旅行に行きたがらない」とか少なくとも僕の周りではあり得ない。みんな海外志向だ。
 
コミュ力が高くて起業とかしちゃうタイプと、引きこもりで犯罪者予備軍的になってしまうタイプの、両極がある。「若者」の代表みたいにカリスマを気取ってる人たちがいて、選挙に出る人もいるが、彼らの考える「若者」は「サッカーの試合があったらスポーツバーで盛り上がれる若者」であり、そういう若者を救うことしかできないんじゃないかと思う。救うべきは、片田舎で仕事がなく、暗く引きこもってるような「若者」なのだと思う。
 
ハロウィンから妄想がいろいろ展開してしまった。無責任な戯言でした。